テッド・チャン あなたの人生の物語

よく言われることらしいが、やはりヴォネガットスローターハウス5」を思い出さずにはいられなかった。生まれてはじめて自分で金出して買って読んだ小説であり、最も好きな小説は、と問われたら今でも間違いなくこの作品と即答するほど、自分としては愛着のある作品である「スローター〜」と比較しても遜色ない素晴らしい出来だった。陳腐極まりない言い方になるが、感動した。「そういうものだ」で終わらせないあたり、ある意味では「スローター〜」よりも一歩さらに前進しているとも言えるのかもしれない。

序盤はインテリ臭の強さにやや抵抗を感じたものの、中盤以降慣れてからは問題なく読み進められた。ベタな理解なのかもしれないが、ヘプタポッドBの設定は、東洋思想やらオカルトすれすれの物理学の知識やらを大分詰込んでいる感じがした。途中ヘプタポッドBが、曼陀羅に例えられていたあたりが象徴的だったのでは。
線的思考に還元されえない直観的認識の重要性を説いていると考えると、老子荘子、禅、中観派あたりと思いっきりシンクロしてくる話だとも言える。全てが見えてしまってなお絶望しない、というあたりそれこそ竜樹「中論」まんまじゃないか、とか思ったり。
どう考えてもニヒリズムに陥るだろうと思うところで、そうはならない、ってところに魅かれるんだろう。カミュ「シーシュポスの神話」なんかもそうだった。

山の頂上まで苦労して石を持ち上げたところで、またすぐに振り出しに戻ってしまうということは、もうとっくにわかっている。
でも、やるんだよ。  ってことか。