北野武 アキレスと亀

観ていてここまでつらい、悲しい映画も久しぶりだった。
TAKESHI's以降の、セルフパロディ路線の閉塞感がさらにきわまっている感じと、どう見ても、たけしが死にたくて仕方がないと思っているようにしか見えない展開が、実にきつかった。本当に撮りたかった作品ではなかったことで、自棄になっていじけている面があるのかもしれないが、そうであってくれればまだマシというぐらい、異様な閉塞感に満ちていたことにまず驚いた。インタビューなどを含めて考えても、最後のオチのつけ方は、ギリギリのところで母性に戻って自分をごまかしているだけというか、単なる日本的甘えのあらわれでしかなかったはずで、とにかく映画を撮り続けられるだけでも幸せなことなんだ、と何とかして自分に言い聞かせるための方便としか見えなかった。

「監督、ばんざい!」の時のインタビューで、たけしはメタ映画路線は、三部作構想になっていて、まず自分を壊し、次に今回の作品で映画を壊し、最後に全部を壊す映画を撮り、その後は座頭市のような、売れる映画を撮りたい、と語っていた記憶があるが、その三本目は、ここ二作があまりにも不人気だったため、撮る事ができず、かわりに今作が撮られた、ということなのだろうか。それで、売れる、わかりやすい映画を作らないと、と思って撮ったとは思えない、全く娯楽作品として成立していないこの映画が出来上がったのだろうか。

「監督〜」の前半部におけるパロディは、東スポ映画祭で見させられた糞映画への反発から、撮ろうと思えば似たテイストでもっといいのが簡単に撮れる、ということを示そうという意気が感じられ、実際なかなかどれも面白そうな断片になっていたように思う。何より重要なのは、それぞれの断片を比較的真面目に撮っていたこと。一方で、今回の映画に出てくる、絵画史に登場する有名な絵のパロディは、出来の悪い模倣、という体裁をとっており、その時点でまず各絵画に対するたけしの思い入れは全く感じられない。自分は絵がさほど上手くない、という自己判断が働いていることで、映画の場合のように自信を持ってパロディ化するところまではいかない、というだけの話だとは思うが、じゃあなんでわざわざそんあ出来の悪い模倣を、二時間近くにわたって客に見せなければいけないというのか。アクションペインティングの真似事にいたっては、ネタが思いつかなかったのか何パターンも出してきていたが、どれも全く面白くなかったし、そもそも百枚以上出てきた絵のどれ一つとして、あらかじめ良いものを描こうという意図の元で描かれていないのだから、一切誰の心にも響くはずがない。これは偽日記の中の人が怒るのも当然だろう。画家だし。悪趣味映画とかつて呼ばれていたようなB級映画なんかは、どんなに稚拙で出来が悪くとも、どこかにその作品に対する愛情が感じられたからこそ支持されたわけで、こんなんじゃあエド・ウッドよりも見られたもんじゃあないなあ、とすら思った。二人登場する意地の悪い画商が映画のプロデューサーやスポンサーで、彼らへの厭味として撮った、ぐらいにしか思えなかった。インタビューで再三前二作を失敗と捉えて、それへの反省を今回に生かした、とかのたまっていたが、むしろ前二作でよかった部分が見事に消え去っていたのでは。撮り続けられるだけで満足、とか言いながら、撮りたくて撮っている感じが全くしない、というのが一番まずいところだろう。これが遺作ではあんまりだから、周囲は、なんとか撮りたがっていためちゃくちゃな映画を一本撮らせてあげて欲しい。

さらにきつかったのは、異常なほど死のイメージが充満していたこと。特に既存絵画のパロディが出尽くしたところから先、部屋中を真っ赤に塗って、自分の後ろに大きな遺影の枠を模した画を飾る場面や、妻に風呂に沈めてもらう場面、車でガス自殺を図る場面、小屋で燃えながらひまわりを書く場面の、三度にわたり立て続けにあらわれる自殺未遂場面などは、完全に自殺願望のあらわれにしか見えず。中でもとりわけ最後のひまわりを書くシーンは象徴的だったような気がする。過去のたけし映画を彩る主要イメージの一つとしての向日葵を、燃える藁の真横で描き続けるたけしの表情が恐かった。菊次郎の夏とか好きだったのになあ、とか考えつつ観ていた。

中盤以降、ところどころで照れ隠しのユーモアが入ってくる場面があることはあったが、基本的には全く笑えない、深刻なトーンで貫かれていた気がする。周りの人間は気をつけないと、またそろそろ、フライデー事件やバイク事故のような爆発が起きるような気がする。

見ていてまるで気づかなかったが、少年期、青年期、中年期では画面の色調が違うらしく、青年期の色が、いわゆる北野ブルー的な青色だったらしい。まあどうでもいいな。撮り方でいいなと思ったのは、大杉蓮の家にマチスが預けられてくる場面を遠景で撮った場面ぐらいか。そういえば、三又がたけしの真似し続けてたのも死ぬほどうざかった。あれ入れたら自殺未遂四回か、これは本気で危ないかもね。