花沢健吾 ボーイズ・オン・ザ・ラン

http://blog.excite.co.jp/mangaword/5197375
全部読んだあとで、このインタビューも読んだ。

以下完全にネタバレ。



ゼロ年代(笑)も後半になろうという今、成長物語を書こうと思ったら、単なるベタな、試練をいくつか乗り越えて段々主人公が目に見えて成長していきまっせー、というプロップ先生に簡単に分類されてしまうような、ストーリーの持って行き方では厳しい、というのは間違いないわけで、じゃあどうすんの、ってことで、それぞれの作り手がどっかに捻りを入れてくる、と。この作品は、まず主人公の田西のぐだぐだ具合が新鮮といえば新鮮。愛するちはるちゃんを騙した、イケメンライバル社員青山に対して決闘を申し込み、タクシードライバーデニーロを気取ってボクシングをはじめるまでは、そもそも成長のきっかけすら得られぬまま、ロクにモテないダメ男としてぐずぐず苦悩し続ける。人はそう簡単に成長なんぞできるわけがない、というのは確かで、そういった田西のくすぶってる感じが、共感を誘う。そもそも成長とか成熟なんてもの自体、ある面では幻想でしかなかった、というのもとっくの昔から周知の事実であり、そういう意味でもこのグズグズ感はあってよかったはず。ボクシングを始める辺りから物語は急激に動き始めるのだが、クライマックスかと思われた青山との決闘場面では、あっけなく敗北。さらに、好きだったちはるちゃんとの別れ方も、色々と期待させておいて、最悪の形で落とす。個人的にはこのあたりから、脱サラして再びジムに通いだしてしばらくして、ハナと仲良くなりだすあたりまでが、最も熱中して読めた。

仕切りなおし後の第二部(?)では、ジムのトレーナー、ハナの旦那、源と再び戦うことに。最後は決闘には勝つし、ジムの先輩小学生、修も交えて、なんとなく擬似家族的な共通意識が三人に芽生えて終了。結局はある種の目に見える形での成長、成熟を描き出して締めた、ということになるんだと思う。結局一歩も成長できてないんじゃ、という疑念をどこかで残す感じでおわっても面白かったような気がしたんだが、それなりに爽やかな読後感が得られたことも確かなので、まあ良かったといえるのだろうか。

なんかすっきりしないな、と思ったのは、脇役達の扱いにちょっと疑問を感じたからだろう。特に序盤は完全にヒロイン扱いだったちはるに対する仕打ちはあんまりだと思う。田西が浮気をしているという、些細な勘違いから始まった迷走は、巻を追うごとに目も当てられない堕落ぶりに。ああいった女性は確かに実際にいるし、最初の勘違いがあった直後に、馬鹿な男に騙される彼女の無防備さにも、もちろんある程度の責任はあるだろう。似たような不運に見舞われても、あそこまでどうしようもない崩れ方はしない人間がほとんどだ、というのは間違いない。ただ、だからといって、最後まで彼女をわかりやすい悪としてしか描かなかった、ということに納得がいくわけではない。最初から誰にでも股を開くビッチとして登場したのならわかる。ただ、人を信じやすい、素朴さ、純朴さこそが彼女を狂わせていったという部分が細かく描かれていただけに、物語内での彼女の処遇には、どうも満足いかなかった。インタビューなんかも参照すると、単にちはるに似たタイプの女に騙された過去があって、いまだにその女を恨んでいるだけとしか思えない。もしそうなんだとしたらとても残念だ。あれだけ人間観察力があるのに、単純な女嫌いとは。

イケメン青山の再登場シーンも、完結後に振り返ってみると意味が全くわからない。因果応報的な意味合いを与えようとでもしたのか。障害として一くくりにするのは乱暴にすぎるかもしれないが、聴覚の障害を抱えながらも、真摯に生き続けたハナが最後にはよき理解者と恋人を得るのと対比させているのだろうか。女性にモテる、仕事も出来る、喧嘩も強い、ということで、一般的な男が欲しがるあらゆる力を持っていて、やりたい放題、苦労を知らず生きてきた青山が、重い障害にかかり、いじけていることの意味。どんな境遇でもいじけたら駄目、とかそんなことが言いたいが為のシーンだったんだろうか。それともこれもモテ男へのルサンチマンが反映されただけの場面なのか。だとしたら最低だが。どうも解せない。全く笑いに転化できないレベルの、重い病気、という設定だったのも気になった。

話の構造として、物語の前半と後半で、結局は、それぞれ違う女のために、彼女を傷つけた男と決闘する、という単純極まりない行動を反復しているだけ、というあたり、安易に成長することなく、堂々巡りしている感じが出ていて、なかなか良かったようにも思うし、まあ、好きな女の子を傷つける奴は、どんなに強い相手でも、とにかくぶん殴ってぶっ倒したい、という気持ち、その熱量には完全に共感してしまったわけで、基本的には田西の横を併走しているような感じで、彼を応援しつつ読んでいたので、最後大団円で終わったのも、それ自体は良かったと思うのだが。
どうも端役の扱いが気になって、単純な満足感は得られなかったのもまた確かだった。


追記:ネットでの感想を軽くさらってみたら、ちはるに関してボロクソに言っているものがほとんどでびっくりした。ちはるが、そもそも田西を裏切って彼の作戦を青山に漏らしていた上、青山との決闘後の新幹線での別れのシーンで、目の前に駆けつけてくれた田西より青山を心配するような妄言を吐き始めたあたりから、終盤までの堕落ぶりが、読者の怒りを買ったんだろうか。あそこでの、「バキュームフェラ出来るらしいね」「フェラぐらいなら〜」の流れは凄い好きだが、別にあそこでのちはるにはそんなに腹立たなかったけどなあ。