立喰師列伝 押井守

押井最新作。押井による戦後六十年史。台詞が一切なく、おそらく本にしたら300ページ分ぐらいあるであろう膨大な量のテクストを、ひたすらナレーション(山ちゃん?)が淡々と語っていくというとんでもない映画だった。予告編を見た限りでは、斬新な映像表現にしか目がいかなかった記憶がある。おそらく予告編だけ観て映像おしゃれじゃんとか思って観に行って、終了後に気まずくなるカップルが相当数生まれること請け合い。実際私が観に行った際は、おたくっぽい中年男性一人客が圧倒的だった中で唯一いた浮きまくりのカップルが、帰りの際にえもいわれぬ表情を浮かべておりました。

内容は戦後六十年間における、社会の周縁部に位置する人間達の自意識史を、架空の人類学者の視点から語ったもので、鑑賞後に知ったことだが、押井が雑誌で連載していた小説が原作となっていたらしい。

実際、映画版も、ほとんど映像つきの小説と言ってしまって良いのではないかと思うような感じであった。下世話なマッシュアップDJを思わせるような、夥しい量の、ユーモアに満ちたテクスト・映像両面におけるパロディを散りばめながら、すさまじいスピード感で進んでいく物語。正直言って一度観ただけで全ての要素を消化しきることは出来ないほどの情報量だったが、新しいことをやっているようで結局なんのおもしろさもない、ハイパーテクストとかその周辺の、映像やらメディアアートやらの領域とからめたメタフィクションとかより全然面白かった。ほとんど小説みたいなもんなんだけど、明らかに活字だけで読むより面白く仕上がっている。そこがすごいと思う。

パロディの数々は、量が多すぎて全てを把握できたとはとても思えないが、いくつかかなりツボに入ったものがあった。村山源九郎とかいう作家が出てくるくだりは爆笑ものだった。文体模写みたいなことしてたり、春樹がデビュー時にヴォネガットのパクリと叩かれた話までしてた。

もう一つ素晴らしいのが、堅苦しさとユーモアの絶妙なバランス。いかにレゾンデートル(劇中に出てきたからあえて使ってみた)を担保するか、みたいなテーマで年代ごとに区切って当時の時事ネタとからめつつ押井の思想が衒学的(なのか本当にめちゃめちゃ勉強してるのか確実なことは分からん)なタームを乱用しつつ語られるのだが、設定がユーモアに富んでいるため、そこまで堅苦しい感じがしない。ここの匙加減が絶妙。
劇中でやたら色々な本が参照されるのだが、それらも一部ネタ本などはあるかもしれないが、基本的に架空の本であり、それについてごちゃごちゃ語る人類学者も架空の人物なので、観客も出てくる話をそこまで真剣に受け取らないのではないか。とにかくあっぱれなバランス感覚だ。最終的にはエンターテイメント作品としてしっかりと成立しているのが本当に素晴らしい。大傑作。